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学んでない人は、学ぶ姿勢がない。学んだ人は我慢がきく。これは、本当に本当。答えが出ない時間を受け入れられる。学んでいない人は、答えがすぐに出ないといらつく。
肩書きがある方、という言い方は好きではないが、努力して、上まで上がった方ほど、考えることが習慣づいているので、考えることを厭わない。(これは肩書きがない人は努力ができないという意味ではなく、肩書きがあった人は比較的努力をする人が多い、という意味。学歴主義でも、肩書き主義でもない。)
反対に、学ばない出来てしまった、学校の勉強なんて嫌いさ、勉強なんて何の意味がある。という人ほど、まずは「考える」ということがどういうことかということが解らないと前に向けない。奥様でも、「私、お勉強が好きで、昔から本を読んでいたのよ。」という方は、解らなくても学ぶ、キレずに学べるが、「私ー。昔遊んでばっかで、勉強なんて全然したことなーい」という方は、比較的キレやすい。「解るように教えてよ!」とヒステリックに叫んでしまう方はそういう傾向がある。
直線思考、というところでも書いたが、すぐに答えをほしがるので、キレてしまう。 ご紹介したエントリとは少し違うが(犯罪ではないので)がまん、ということを知らないという点では同じかと。
その我慢は、考える時間と似ているんじゃないかな、と思う。
学ぶことが楽しいといえること。学んで成長する自分が楽しいと思えること。
そして、学ぶこととは関係ないけど、誰かに必要とされること。だれかに必要とされて、愛を感じること。
それだけでも老人は落ち着くんじゃないかなあと思う。愛だろ、愛。(古いですねー)